2008年12月07日

ありがとう

ありがとう
今となっては、その言葉しか出てきません。
4年半。
語るにはあまりにも長く重い歳月でした。

いつだったか。
やはり立候補だった前議長が言いました。
議長なんか立候補しちゃうヤツは短気なんだと。
あぁなるほどと、部長と苦笑したものです。
誰かがやらなければいけないと分かっていることを、誰かがやるだろうと見て見ぬ振りをして待つことができませんでした。
自分にできるのかどうか、そういう巨大な不安を抱えて。それでも自分にできる限りのことをしようと議長募集に応じました。

あの時の決断に、誇りを持っています。
その決断に散々泣かされた今でも、再び同じ機会があったなら、迷った挙句に私はまた同じ決断をするだろうと思えます。

愚痴って泣いて怒って当たり散らして。その度に誰かに支えられてやってきました。
私が泣いた数だけ誰かが支えてくれたのだと、今にして沁みるように実感します。
ありがとう


奇しくも長い相棒となった大門部長刑事さん
あなたと一緒にやってこれた出会いに感謝します。
新米議長として出会ったあの頃から、阿吽の呼吸で互いの分担とフォローをこなすようになるまで。
あなたの度量と人柄に救われてきました。
「はいよ」の一言で私に全てを任せてくれた度量と、「ほいさ」の一言で全てを引き受けてくれた人柄。
私が安心して会議に使者に臨んでいられたのは、あなたもいることを知っていたからです。
議長として立つ時に私の指が震えなくなったのは、それを知った頃からだったでしょうか。
あなたが信頼してくれていることを、あなたを信頼していることを、心から誇りに思います。
あなたの相棒になれた出会いに、ありがとう


議長の辛さも苦悩も怒りも、そして喜びも。きっと経験した者にしかわからない。
そして議長を引いていく感慨もきっと。
私たちに後を託していかれた前議長の劉俊玄さんと長月狼牙さん
不甲斐ない後任でさぞ心配だったかと思います。
私は力を尽くせたでしょうか?
ただただ、あなた方の残して下さった思いに支えられてここまで来ました。
情熱と責任感と、そして最高の指針を、ありがとう


心残りは名誉を失ったままのあの人のこと。
偽悪家で言葉足らずでドジで馬鹿で不器用で。誰より一生懸命で。
名誉を回復とか迷惑がられそうですが、彼が心おきなく遊べる日がもう一度来ることを祈っていました。
そういう日が来た時に「おかえり」と言える武田であることを目指していました。
あなたが不器用な優しさで頑張っていた武田家を愛したのです。
私に武田家を愛させてくれて、ありがとう


不器用な人の多い国だと思います。
発足から多くの人口を抱え、様々な意見と個性がぶつかり合い、一体感を抱きにくい国柄でした。
一体感のないまま、全体像も見えないまま。
てんでバラバラな人々が、それでも何かの目標に向かっている時の、不器用でうまくない武田が好きでした。


あなたが議事録を管理してくれたから、会議を尊重する姿勢を貫けました。

何度否決されても正々堂々と会議に自らの意見を問うてくれたあなた。
発言することはなかったけれどきちんと自分の意見を投票で示してくれたあなた。
稼働していないキャラまでマメに献策してくれていたあなた。
会議結果連絡信書に励ましのお返事を下さったあなた。
放っておくと一向にクエストの進まない私を、ぶっきらぼうに連れまわしてくれた人々。


多くの出会いと、そして別れにも。
ありがとう
この思いを伝えるものとして、どれほど重ねても足りないけれど。
ただひたすらに、ありがとう


そして最後に。
武田をよろしくというのは傲慢ですが、今だけは心から言わせてください。
武田をよろしくお願いします。
新議長さんにも、そしてあらためて武田家の皆様にも。

私たちだけが背負ってきたわけでも守ってきたわけでもないことは、きっと誰よりも承知しています。
議長なんて、会議に参加してくれる方々の存在なしには成り立ちもしないものなのですから。
それでも「なんで自分だけがこんなに頑張って」と思ってしまった時、遠くから聞こえてきた献策告知。あなたのひと声にどれだけ救われたか。
一人ではないことの有難さも難しさも。痛いほどにかみしめた4年半でした。

一人で背負っているわけではない。
それでも、だからこそ重かった武田家を、その御旗を。
これからは純粋に仰ぎみて、新たな位置から武田家のために尽力したいと思います。

信玄公が人は石垣といわれた武田家の、その礎石の一つたらんことを志して。

本当に長い間、拙い議長に御協力ありがとうございました。




4年半を振り返る更にスゴイ長文はこちら(劇物注意)
posted by 演歌 at 16:50| Comment(32) | TrackBack(0) | 会議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月09日

どうせ

議題の中身自体はどうでも良い。
そう、根が短気で過激派な私には、個人的には面白いと思えなくもない。
(このタイミングでって言うのは正直謎だけど)
それに、どうせ私は武田の結論に殉じるだけの者だから。

例えば万一、武田会議が全ての国から後ろ指を指されるような結論を出したとしても、その方針を持って他国の前に立つ覚悟は出来ているつもり。
個人的な恩人の多数いる今川家にだって、宣戦布告の使者でも出来る。
武田会議がそう言う結論を出したなら。

だけど、「どうせユートピア」
よりにもよって、みんなの努力が実って、やっと一段階関係が悪化したこのタイミングで「どうせユートピア」
これまで地道に献策告知に協力してくれた人の立場は?
このタイミングで「どうせ」の一言でそれを踏みにじるんですか?
献策を軽んじて何が出来ると言うんです?
献策は、ひとりひとりの小さな一票、そしてそれを集めるための地道な努力でやっと支えられるもの。
献策率79%から、たった1%あげるために
80%に乗せるためだけに、どれほどの協力が必要だと思います?
そうやって築いたものを「どうせユートピア」
一日一シャウトと言ってくれた人に、「どうせユートピア」と言うんですか?

世界を変えるようなかっこいい覚悟なんかいらない。
本当の覚悟は、地味なものを営々と積み上げる覚悟じゃないですか?
posted by 演歌 at 02:15| Comment(6) | TrackBack(0) | 会議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月13日

上杉侵攻可決

とうとう上杉侵攻可決されましたね。
朝倉家の敵対が埋まって、暫定的に徳川侵攻献策が決まった週でしたか。
そろそろ真面目に上杉侵攻の検討をするから、大事な会議が続くから会議参加と協力をお願いします、と言ったのは。

初陣が川中島の激戦だった古い世代ですから、川中島というと古き良き時代の記憶に直結します。(注:古い記憶は美化されているw)

信濃の国力一桁を見たり、挟撃時代には今度こそ信濃落ちるって状態の連戦で、みんな精神的にボロボロで、あっちもこっちもギスギスしてたり。挟撃時代から議長していたせいで、内輪からも外からも色々な風当たりにさらされて、結構きつい思いもしました。あの頃の会議は真面目に手が震えてたしw
決して良い思い出ばかりではないはずなのに、なつかしい。
惨敗から徐々に引き分けとれるようになって、ついに1勝できたときの興奮とか。
凶悪だった上杉本陣に何度も何度も何十回も挑戦して、ついに武田家に初めての家老が誕生した瞬間の高揚とか。
国力回復とレベル上げを兼ねた虎狩りオフラインすら今となっては良い思い出。

でも、いやだからこそと言うべきか、上杉侵攻は武田家の今後を左右する一大決断。
個人的には勝ち戦にはあまり興味がないので、激戦が予想される川中島は想像するだけで心地良い緊張があって望む所なんですが。(つーか、伝令ぐらいしか脳がない私は勝ち戦じゃやることないwほどほどに激戦が理想的)
国としての戦略を考えるなら、少しでも楽に勝てるところへ侵攻するのが当然の理です。
しかし、侵攻先が上杉家しかなくなった以上、現在生きている最新の方針である「ユートピアではなく合戦をしたい」という議決に従って、私は上杉侵攻検討を議題にあげました。

「強大な敵に立ち向かおう!」という意見は一見カッコ良い。しかし、影響の大きい決断だけに提案には勇気がいります。
逆に、「負けそうなら反対」という意見は一見理はあるけど、カッコ悪い。非常に言いにくい意見です。カッコ悪いことを公に発言するには想像以上に勇気がいります。
だからこそ、どちらの意見もきちんと聞いた上で議論しなければいけない。
それはどちらも、武田家のためを思って出る意見だから。

上杉家は強敵です。
負ける可能性を語ると怒る方もおられましたが、正直、負ける可能性は高いでしょう。
リスクマネージメントとして、撤退の可能性を考えるのは理にかなったことです。
そういう意見を阻害するのではなく、認めた上で議論できなければ、仮に上杉侵攻に決まっても、戦い抜けないと思いました。
「勝てる勝てる」と思って挑むより、「負けるかもしれないが、やってやろう」と覚悟を決めて挑むのとでは、成果がちがうだろうと単純に感じますし。
惨敗するかもしれない、惨敗しても撤退できないかもしれない、滅亡するかもしれない。
最悪、滅亡した場合、現実にどういうデメリットがあるのか。
そういうことを考えた上で、それでも覚悟を決めて挑もうというのなら、例え負けても戦い抜けるでしょう。
そして、そこで侵攻しないことを選ぶのも、武田家のためを思うなら理のあることです。


まぁ正直なところ、大抵の議題はどっちでも良いんですよね、私らの場合。
議長になって投票権がない状態が長いので、かなりどっちでも良くなってます。
それに、武田家がどういう結論を選ぼうと、私がその決断に忠実であることだけは絶対なので。

残念ながら上杉家は旧領奪還を優先されるようですが、それも予想されたことです。
こちらは敵対獲得に向けて精一杯の努力をするだけ。
ユートピアの長い武田家では、敵対獲得のための戦いも合戦と同等以上に大事なことです。
そして合戦と同様、一人二人の努力で動くものではありません。
献策の周知徹底、会議参加への呼びかけ等、あらためて皆様の御協力をよろしくお願いします。


とかまぁ長文書いてたら、どっかの某が先を越しましたね。
そして、あんたが書くと効果覿面だしw
ずーっと、ひたすら同じこと言ってた私の立場は?w
ちょっと癪なので、拗ねて寝ますね。
posted by 演歌 at 22:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 会議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月13日

会議結果連絡用信書試験運用の御案内

会議結果連絡用信書の試験運用を考えています。
会議終了後、献策などの内容を簡潔にまとめて希望者に送信するものです。

対象者:
殺人的なリアル仕事スケジュールで会議に出られない方、
会議を忘れてTD登録という前科のある方、
会議皆勤なのにいつも樹の下で安眠してる方、
焼肉に出張してるけど大量保有票を有効活用したい方 etc...

注:連絡専用ですので、会議内容等について返信いただいても一切対応しかねます。


こんな感じで運用予定ですが、どの程度の負担になるのか私自身不安ですので先着50名様登録で試験運用したいと思います。
試験に御協力いただける方は、「武田家広報」まで「信書くれ」と対話をいれて下さいませ。
公開会議ですので問題はないのですが、一応所属など確認させていただきますので広報からの返信をもって登録とします。
平日昼間や深夜はいない可能性が大ですが、ログ残しておいていただければ対応できると思います。

最後に。
この日記を御覧の方にはお分かりいただけると思いますが、私は根っからの三日坊主です。
ですので、これもいつ立ち消えるかも分からないサービスです。
サービスと割り切って御参加いただける方のみ、お気軽に御登録ください。
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2005年11月20日

三国会議in霞邸

今日も今日とて会議です。
前回から、交流の一環として開催場所が議長屋敷となってるので、今回は小田原の霞邸へお邪魔します。
霞さんは議長に決まってからの一ヶ月で屋敷整理に着手したとのこと。
几帳面な人柄なのか綺麗に整った無駄のないお屋敷でした。

会議はいつもどおり各国の政策内容を確認しあって疑問があれば質問。
ここのところ三国とも情勢が動いてないこともあって無難に終了。

それから雑談的にその他の話題を話し合い。
今回のお題は、武田にもファンの多いミス三国、伝令代表の祭ちゃんから。
弱体システムや戦果の変更で副将も無視できない仕様になったので、これまでの陣容表現では対応できなくなって現在各伝令さんが模索中だけど、 これが多様すぎて混乱を招くのである程度統一を図りましょう、というもの。
個人的に、なるべく伝令の敷居を低くして参加者拡大が何より大事だと思ってるので細部まで統一は反対しました。
でも、公式に意味がある戦闘中マークとかを救援状態の表現に使ったりってのはさすがに問題だと思ったので、 そういう混乱を招かないような配慮は必要だと思いますね。
後、副将と大将の左右の並びまでは統一していく方針で決定。
三国会議は意思決定機関ではなく調整機関なので、これを各国に持ち帰って協力をお願いすることになります。

終わってみれば三方中にも関わらず長時間会議となってしまいましたが、その間に今川さんは本陣攻略まで攻め込んでました。さすがですねぇ。
前も誰かと話したけど、純粋にどことやりたくないって一番は今川かもな。 コンスタントに無駄なく攻め込んで来られるとクタクタのボロボロになりそうな予感がします。しかも、いつまでも諦めないし。

三国会議のメインイベント、ラストのサイコロ勝負はいつものようにさくっと勝ち抜け。
次回の議長、木霊邸を見学して帰りました。おかめの間、最高です。

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2005年11月19日

議題のない会議

前回急遽部長に変わってもらったので議事録チェックしてから会議。
議事録に一番助けられてるのうちらだよねぇ。
なばりん毎度感謝です。なるべく早めに休業中の議事録整理します…

しかし三方ヶ原中ということも手伝ってか参加者も少なく、議題提案もなし。
折角、土曜日の良い時間に集まってるのにって思いはどうしても感じちゃうよねぇ。
私も会議のせいで一番夜更かしできる土曜の晩に遠征もキャンプも制限されちゃうのは正直悔しい。
かといって日曜深夜は次の日に響くから平日仕事の人には厳しいし。

まぁ朝倉が徳川の仮想敵対を緩めてきてるし、これから数週間で情勢が動くか、動かないか。
それ次第で、またかなり議論しなきゃいけないことになりそうですね。

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2005年06月07日

会議運営に関するお詫び

6月4日の事件において、会議に無用の混乱を招いたことについて、御迷惑をおかけした皆様にお詫びします。
大規模な騒動が企画されていることを知りながら対処を怠った私の責任です。
群雄武田家の皆様には、御存知のとおり国策の決定を急がねばならないこの時期にこのようなことになってしまい、申し訳ありません。
また上杉家の皆様には、私どもの提案への御返事を急いでいただいておきながら十分な審議も行えず、使者の方々にも御不快な場で御発言いただくという失礼極まりない事態となり、御迷惑をおかけしました。
これほどの事態になることを想定できなかった私の判断の甘さが原因です。
また、対処を怠った一因には、確かに将軍の知人としての私情がありました。
以下は私情に過ぎませんが、将軍の友人の一人である私にとって、当事者同士が謝罪するのは当然としても、何故に他のサーバーまで含めた第三者が介入するのか全く理解できませんでした。その為、今回の騒動を一部の暴走による一方的な迷惑行為と認識し、その規模を見誤り、対処を怠ったものです。迷惑行為に屈するものかと言う半ば意地になった感情もなかったとは言えません。
完全に公人として議長職を全うし、会議の円滑な運営だけを考えるなら、会議開始時間を遅らせてでも松本に誘導するなどの措置が取れたはずです。私人としての解釈の介在を許した私の甘えが招いた事態です。
関係者の皆様には、多大な御迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
新名主樹
posted by 演歌 at 23:41| Comment(3) | TrackBack(0) | 会議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月09日

久々会議らしい会議?

そんなこと言ってないで、みんな毎回集中しろと!

とりあえず、取り急ぎ献策告知。

【友好:上杉、侵攻:雑賀、内政:甲斐】

御協力をお願いします。
posted by 演歌 at 23:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 会議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月05日

日本語は難しい

司会をやりながら、いつも自戒していることがあります。
「文句があるなら、お前がやってみろ!」という傲慢な考えには陥らないこと。
でも、「やってる方の身にもなってよ;;」と思ってしまうことは止められない。
一歩引いて傍観者としてあれこれ言うのは本当に簡単。議事録を見て「司会だめだなw」「なにやってんだw」と思うのは言わずもがな。 最初から最後まで会議の流れを把握しなきゃまとめなきゃって状態で喋り続けの人と、時々発言するだけの人とでも雲泥の差なんです。
うちは二人体制の議長なんで、自分が司会じゃないときも双方本気で会議に臨んでますが、それでも司会かそうでないかで全然違う。
私にだって理想的な会議スタイルはあるけど、その通りに運営できてれば誰も苦労なんかしないわけで。普通にミスるし、 過去の議事録見直しては何度も何度も凹む。
まぁ、私も部長も精一杯やってることだけは確かなんで、協力しようという姿勢なしに「会議なげー」「話し合っても意味ねー」 というのだけは勘弁してください。

とまぁ、そういうのとは全く関係ないですが、司会の辞め時も模索中。
疲れたとかって事じゃなくて、ひとつの体制が長く固定化すると弊害が出てくるからね。
誰にも悪気はなくても、惰性とか。
初代のおふたりの議長期間と司会回数を見るとまだまだ私らなんか甘いのを思い知らされるので、 まだ武田家の皆様にはヘモ司会にお付き合いしてもらいますがw

posted by 演歌 at 00:00| Comment(0) | 会議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月20日

第3回三国会議

開幕から将軍様に拉致られて陣取りしてたけど三国会議の時間が来たので離脱。
ところが5人いるはずの代表者が全然揃わない。前日から部隊で言ってたのに部長と私だけ。
欠員が出た場合にまた代表者の選出とか信任問題とか出ると嫌だったから余裕を持って5人決めてあるのに2人しかいないって…。
というか、リアル都合はしょうがないんだから、出席できないなら出来ないで事前に誰かに連絡しといてくれと。「出席できないかも?」ってだけでも聞いてれば代役たてるとか出来るわけですよ。
直前になって必要参加者3人を確保できなかったので、急遽9月熊さんについてきてもらう。狼さんは武将徒党の党首してたのに無理言ってすまんです。
そういうわけで代表者の皆さん、次回は3/20(日)22時から川越城ですので、出欠確認はお早めに。

サイコロ勝負で議長持ち回りシステムの三国会議、今回の議長は北条家の議長代理さん。
まずは恒例の各国献策状況の確認。三国とも変更らしい変更はなし。
今川さんの方で斉藤家と友好関係を築こうという提案があるけど、かつて敵対してた武田家に問題があるか質問される。「私見」と断った上で、問題にはならないだろうけど、会議に報告して支障があった場合は即刻連絡を取ると言うことで両国とも了承。今川家の麺類さんの「私見」では、武田家と斉藤家の利害が対立した場合は、今川は武田に付くだろうとの見解も。
北条家のロボさんからは、川中島の前哨戦で上杉側で参戦していた人がいることについて謝罪。
て、参戦してた本人さんそこにいますがw
まぁあぁいうのは個人レベルの問題だと思うので特に言及することなくスルー。前哨戦自体に魅力を感じないからアレだけど、例えば自国の武将と戦えるようなシステムだったら私もやってみたいしね。
ここで献策関係の堅い話は終わり。今川さんから三国でイベントを出来ないかとの提案があり、各国から提案を募ってくることに。
最後に次回の議長決定サイコロ勝負。さくっと無敵の6をゲットして一抜け!次回の議長も北条家の議長代理さんに決まりました。
三国会議の議長は2回ずつのジンクスが?!
posted by 演歌 at 00:00| Comment(16) | TrackBack(0) | 会議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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